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人の痛みが分かる人でありたい。
慶應義塾大学文学部 准教授
平石 界
(ひらいし かい)
Profile — 平石 界
東京大学大学院総合文化研究
科博士課程退学。東京大学,京
都大学,安田女子大学を経て,
2015年4月より現職。博士(学
術)。専門は進化心理学。
椅子や机を運ぶとき,何かにぶつけて思わず
「いてっ」と言ってしまったこと,ありません
か。人間はどうも他者の痛みを自分のものとし
がちな動物のようで,逆に,困っている人に共
感せず助けないと「人でなし」なんて言われか
ねない。でも困っている人がいたら必ず助ける
べきかっていうと,これはけっこう難しい。例
えば悪い人が困っている時に助けるのは,果た
して良いことなのか。悪い人が困っている時に
助けなかった人が困っている時に助けること
は? そもそも良いとか悪いとかって何なの?
この難問を「情けは人のためならず」という
フレームから議論してきた人たちがいます。他
人を助けると巡り巡っていずれは自分に返って
くると諺は言うけれど,そんなこと本当に実現
しうるのか。前提を絞ると数学的に研究できる
と言うのです。助けることのコストはどれくら
いで,助けてもらうことの利益はいかほどか。
善悪の基準はどうなってるか。諸々を設定し
て計算する。そう,Ohtsuki & Iwasa(2004;
2006)みたいに。すると「善人は善人を助け
る」「善人を助けない人は悪人」「悪人は助けな
い」「悪人を助けなくても悪人とされない」「善
人を助ける悪人は善人」という条件下で「情
け」が安定して巡ると分かる。何がすごいっ
て,この納得感ある人間臭い言説が数式の解析
だけから導出されているのです。
そんなわけで個人的お気に入りベスト20に
入る研究なわけですが,そう上手く行く場合だ
けじゃないよ,という論文が出たようなので
読んでみました(Hilbe et al., 2018)。先ほどの
計算には,ある人(Xさん)への評価は社会で
共有されているとの前提がありました。これ
を,人によってXさんへの評価は異なるものと
する。そうすると話が複雑すぎて解析的には解
けないのでシミュレーションしたそうです。コ
ンピュータの中に何人もの仮想ニンゲン(エー
ジェントと呼びます)を作る。各エージェント
は,いつ助けるか,何を善または悪とするか,
各々なりのルールを持っています。それらが相
互作用する仮想社会を作って,どういうエー
ジェントの集まりなら「助け合いの輪」が循環
するか,試してみた。
どうなったか。Xを悪人と思っているAさん
が居たとしましょう。AはXを助けません。す
るとXを善人と思ってるBはAを悪人認定し
ます。ところがAの行為を見てなかったCは,
引き続きAを善人と思っています。そのためA
を助けないBは,Cからすると悪人になってし
まう。それでCがBを助けないと,DがCを悪
人認定し……という地獄のような状況が発生し
かねないというのです。
衝撃的だったのが次の段落。そういうケース
をより詳しく調べるために,全員が全員を善人
と思っている中で,一人だけが,間違ってある
一人を悪人認定した場合に何が起きるか検討し
たというのです。自分がその「勘違いエージェ
ント」になった場合を想像して絶望的な気持ち
になりました。仮想社会の“神”から「あやま
ち」を負わされ,ために皆から爪弾きにされ,
果ては「助け合いの輪」崩壊の元凶となってし
まうエージェントが気の毒すぎる……。
気持ちを強くして「詳しくはこっちを」と書
かれた補足資料を読みました。真理の追求に捧
げられたエージェントの行末を見届けねばなら
ないと思ったのです。そしたら拍子抜け。なん
のことはない,一人だけが誤解している場面な
らシミュレーションを回す必要はなくて,数式
の解析でOKだったんですね。犠牲にされた仮
想エージェントは存在しなかったのです。心底
安堵しました。いかに科学のためであっても,
犠牲は最小限に留めるべきですよね。